手織 佐賀錦クラッチバッグ
金銀の箔や漆が生み出す気品ある華やかさと、和紙独特の風合を活かした手織佐賀錦クラッチバッグは、手織の職人で定評ある井上久人氏謹製の佐賀錦帯地を使い、和小物さくらのこだわりを加えた非常に贅沢なクラッチバッグです。
佐賀錦は金銀の箔を漆で和紙に貼り、それを細く裁った縦糸と、多彩な絹糸を横糸にして平織りしたものです。元々は鹿島錦と称し、佐賀鍋島藩の9代目藩主夫人であった柏岡の方が、病床で見た美しい天井の網代組をヒントに考案したとされ、その後代々の鍋島藩主夫人が工夫を重ねることで鹿島錦が完成しました。
鹿島の奥女中の間では「御組物」「組錦」と呼ばれて代々伝えられた鹿島錦ですが、明治初期に行われた廃藩置県の影響で、鹿島錦は消滅の危機に陥りました。しかし、大隈重信が1910年(明治43年)に開催されたロンドンの日英大博覧会に出品したところ大好評を博し、これを機に産地にちなんだ「佐賀錦」という名称に統一されました。
一尺ほどの織台に金銀漆紙の縦糸を張り、模様に合わせて縦糸を拾いながら、横の絹糸をアバリと呼ばれる竹べらで通して織るのが本来の手織り佐賀錦の技法です。
元々はバッグや草履などの小物向けに織られていましたが、30年以上前に博多で佐賀錦を帯に仕立てて売りだしたところ、爆発的にヒットしたことがきっかけとなり、佐賀錦の織りに関するノウハウが博多で蓄積されました。
手織りの佐賀錦は撚りが強く太い横糸を使い、鯨尺の一寸間に120~130を超える密度で織っていくので、シワがよりにくく軽くて締めやすいという利点があります。
金糸の華やかさと、繊細な手織りの融合によって生み出された佐賀錦クラッチバッグは、和小物さくらのこだわりを体現した逸品です。